デマイオの冒険(7)前編
なんと、己はまだこの牢獄の中に屈まっているのか。
呪わしい陰気な、この壁穴の中に。
やさしい陽の光さえ絵ガラスの窓に遮られて、濁るではないか。
たださえ狭いこの部屋を書物がさらに狭くし、
その書物も紙魚に喰われ、ほこりに覆われて、
高い丸天井近くまで積み上げられたその山に、
すすけた紙の付箋がはさんである。
あたり一面、がらす壜や缶が置いてあって、
器械類が場所をふさいで、その上さらに、
家伝来の家具までが置いてあるとは――
これがお前の世界だが、これでも世界といえようか。
ファウスト 第一部 ゲーテ(高橋義孝訳)「夜」
これまで、哲学も、法律学も、医学も、無駄と知りつつ神学まで、あらゆる学問を究めつくしたが、昔と較べて少しも利口になってはおらぬ。
霊の力や啓示によっていくらか秘密が知れはすまいかと思い、魔法の道にも入ってみた。そうすればもう無用な言葉を漁る必要もないと思ったのだ――
だが、毎朝の目覚めの疎ましさはどうだ。
ただの一つの願いも叶えてくれようとはせず、創造の意欲が湧いたとて、くだらぬ雑事でたちまちしぼみ萎える。そういう一日をまた迎えるのだと思うと、俺は苦い涙をこぼして泣きたくなる。
望ましいのは死だ。
生は、疎ましい。
「そのふさぎの虫を追い払って差し上げますよ、先生」
「そうやってあなたの命を食い荒らす憂悶の相手をするのはおやめなさい。たとえどんなに下らない奴らとでも、とにかく人間とつき合ってみれば、あなたも自分がひとりの人間だということがわかるはずです」
「いつからそこにいた。お前は・・・何者だ」
「私は否定する霊です。あなた方が罪だの破壊だの、要するに悪と呼んでおられるものは、みな私の領分の内のことです」
「近頃の悪魔は福祉活動に熱心と見えるな。こんな老人に何の用だ」
「あなたに思う存分、人生というものを謳歌していただきたいのです。もしあなたが私と組んで世の中を歩いてみようとお考えなら、あなたの家来になって差し上げます。なかなかお役に立つと思いますよ」
「一体どういう風の吹き回しだ。悪魔のただほど高いものはないと聞く。何が狙いなのだ、はっきりと条件を言うがいい」
「この世であなたにお仕えして、何事も仰せのままに働きましょう。その代わり――」「あの世でお会いしたら今度はあなたが私の家来になる、というのはいかがですか? あなたがこの世にある限りは私の術で楽しませてあげます」
「そんなことは出来やしまい。出来てなるものか。気高い努力を続ける人間の精神が悪魔風情に分かった試しがあるか」
「そうはおっしゃいますが先生、ゆっくりとうまいものでも食べてのんびり寝そべっていたいと思うときが、いずれやってきますよ」
「もし、俺がそんなことを思うようだったら、俺が前に進むことをやめたら、その時はお終いだ。もしお前が俺に取り入って、もう満足だと思わせることが出来たなら、その時は俺の負けだ――賭けてもいい」
「本気ですね、私は忘れませんよ」
俺がある刹那に向かって「とまれ、お前はあまりにも美しい」といったら、俺はお前に存分に料理されていい。俺は喜んで滅んでいく――