黒い砂漠のファウスト 第一場 教会
Scene Ⅰ: Church
(May I offer you my arm, and my protection, too?)
「――あなたは使徒に仰せになりました」
「『わたしは平和をあなたがたに残し、わたしの平和をあなたがたに与える』」
「わたしたちの罪ではなく教会の信仰を顧み、お言葉のとおり教会に平和と一致をお与えください」
「この世であなたにお仕えして、何事も仰せのままに働きましょう」
「その代わり――――」
「主の平和がいつも皆さんとともに」
「――互いに平和のあいさつを交わしましょう。ご起立願います」
「・・・・・・」
「主の平和を」
「・・・・・・」
「・・・・・・主の平和を」
* * * *
「先生、待ちくたびれましたよ。なんだって急に教会なんです。いまさら信心を発揮したって手遅れなんですからね」
「なあ」
「なんでしょう」
「あの娘となんとかならないか」
「なんとかとはなんです」
「・・・・・・気になるんだ」
「ふうん・・・・・・どの娘ですか」
「今、向こうへ行った」
「・・・・・・」
「たしかに私はあなたに小世界をご案内しようとは言いましたけれど、取持ちや橋渡しとなると管轄外です。ご自分で声をかけられてみてはいかがですか」
「声をかけてみたが素っ気なく撥ねつけられたんだ」
「さすが行動の人ですね――しかし私にもやれることとやれないことがある。あまり過信されては困ります。近所の世話焼き婆に頼んだ方が首尾よくいくかもしれませんよ」
「いいからやってくれ。そういう約束だろう。できないというならお前とは今日限りでお別れだ」
「――いいですよ、わかりました。ですが、そんな一気呵成にとはいきませんよ。まずは言い寄るきっかけをつくらないと」
「任せる。どれくらいかかるんだ」
「やれやれ・・・とんだ放蕩息子ですね」
「おとなしく本でも読んで待っていてください――」
黒い砂漠のファウスト 序曲 第二場
Prologue
Scene Ⅱ : The Witches' Kitchen
(One who never thought, to him it’s brought.)
「――しかしどうして魔女の手を借りるのだ。その薬は君には作れないのか」
「作れますよ。作れますが時間の無駄ですね。そんな暇があれば橋を千くらいかけてお目にかけます。腕や術ばかりじゃなくて、ひどく辛抱が要るんですから」
「!」
「これはこれは・・・お久しゅうございます。御用の趣はなんでしょう?」
「例の薬を一杯貰いにきた。一番古いやつだ――効き目は強いほうがいい。大切な友達なのだ」
「こちらを差し上げてみましょうか」
「例の呪文を唱えてからたっぷり一杯差し上げてくれ」
会得すべし、一を十とせよ。
二は去らしむべし。
ただちに三を作れ。
しからば汝、富むべし。
四は手放せ、
五と六とより、七と八を作れ、
これ魔女の勧めなり。
それにて成就疑いなし。
九は一にして、
十は無、
これぞ魔女の九々。(*1)
「この汚らしい煎じ薬を飲んで若返るなら誰も苦労はしない。過去、偉人や哲人が若返りの霊薬を見つけたことがあったか。もっとまともなやり方はないのか」
「先生、また理屈ですか。自然に若返りたいのなら有機野菜でも食べていればよいでしょう。八十過ぎまで若々しくいられますよ」
気高き力は、
学問の前にも、全世界にも
隠され鎖されたり。
思惟せぬ者にこそ、
そは与えられる。
労せずしてかちうるなり。(*2)
「・・・・・・何を下らぬことを述べ立てているのだ。これ以上は我慢がならない」
「よし、もういいでしょう。さあ、先生。ぐっと飲み干してください」
「悪魔と友達付き合いをしていてこれくらい怖いこともないでしょう。さあ」
「ぐっ・・・・・・!」
「出かけますよ。もうすぐ薬の効果が現れるはずです」
「世界はあなたが思っているよりもずっと広い・・・・・・私がご案内します」